つつら

旅の記録

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今日は茨木まで。

 

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川端康成文学館で行われている企画展が気になったので行ってきた。

川端の生誕月と合わせての企画展で、ディスカバージャパン、川端文学と観光との関係についての企画展でした。

川端自身、小説を書くにあたって実地調査などもしていたそうで、彼自身の観光が小説の元となっているそう。九州へ観光へ行った際にはメモが盗まれたり、豪雨災害に見舞われたりなどで、そこを舞台とした小説は結局未完成で終わってしまった…ということもあったそうな。

自分的に川端と言えばやはり『雪国』の冒頭の一節の印象が強いので、いつか上越線に乗ってみたいと思っていたのだが複線化により「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」はできないと知り少し残念に思ったり。

清水トンネルの横に新清水トンネルがあるので疑似(?)体験はできそう…?

 

 

 

文学館のあとは茨木駅周辺にある川端ゆかりの地を少し回ってきた。

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JR茨木駅から市役所前交差点を抜けると高橋交差点にたどり着く。

ここにはもともと茨城川という川が流れていたようだが、現在では埋め立てられて緑地化されている。橋はそのまま残されており、川の跡は遊歩道として市民が散歩しているのを見かけた。

この場所は川端の中学時代の日記や小説にも登場する。

川端は川べりで読書やスケッチ、友人と散歩をしていたそうだ。

ちなみにこの高橋交差点を南北に貫いている通りは「川端通り」

 

 

 

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高橋より南東に行くと大手町に着く。

明治初期には南清水町という字名だったそうです。

昔ここに敷島湯という銭湯があり、川端はよくこの銭湯に通っていたようで「自分ほど風呂好きのヤツはいない(意訳)」と書き残している。

残念ながら敷島湯は1999年に廃業し、建物は2000年に取り壊されている。

中学5年生の時に書いた「文章世界」や「五月雨や湯に通いゆく使役者」にこの場所の描写がある。

 

 

 

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南清水町の石碑より南側に行くと少し大きい通りに出る。

そこから阪急茨木市駅方面に歩くと左手に書店がある。

現在では改装され当時の姿は無いが、この堀書店は川端が中学時代に通い詰めていた本屋のひとつである。店先には当時の物であろう看板が置かれていた。

この書店より北側にも川端が通い詰めていた虎谷書店があったが、現在は移転して書店のあった場所にはビルが建っている。

 

 

このほかにも周辺にいくつかゆかりの地があるそうなのでまた時間がある時に回りたい。